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ノイシュヴァーンシュタイン城 Schloss Neuschwanstein(Fussen,Bayern /GER)

擬古典様式城郭 山城 擬古典様式城郭 1869
 1869年ルドウィック2世によって建設が開始され、1886年には、なんとか居住できる程度に完成。ノイシュヴァンシュタインという名は、現在ホーエンシュヴァンガウ城のある地にかつてあったシュヴァンシュタイン城にちなみ1890年になってから付けられた名であり(「ノイ (Neu)」は「新しい」の意)、建設当時はノイホーエンシュヴァンガウ城と呼ばれていた。シュヴァンガウは、「白鳥河口」の意味の地名で、ホーエンシュヴァンガウは、上シュヴァンガウ村のことである。(新白鳥城)
 ルートヴィヒ2世は中世騎士道への憧れを強く抱いた人物で、ワーグナーを庇護し、彼の創作する楽劇の世界に酔いしれた。「私自身の作品」として自分の中世への憧れを具現化するロマンティックな城を造ろうと決意する。このため城全体のグランドデザインを行うよう指名されたのは建築家でも技術者でもなく、宮廷劇場の舞台装置・舞台美術を担当していた画家のクリスチャン・ヤンクであった。ドイツの城館に本来は必ずあるべき小聖堂や墓地がこの城にはなく、玉座を後回しにしてもヴィーナスの洞窟と名付けられた人工の洞窟を造るといった具合で、ルートヴィヒ王の趣味のためだけに建設された実用には不向きな城である。
 17年の歳月と巨費を投じてこの城は完成されたが、ここに移り住んで間もなく、王の発狂という名目のもとにバーバリアの国政は叔父ルイボルト公に委ねられ、首相ルッツらは、ルートヴィヒ2世を形ばかりの精神病鑑定にかけ、統治不能としてベルク城に軟禁した。その翌日、王は主治医とシュタルンベルク湖畔を散歩中に謎の死を遂げる。
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