事務局より | 向陽新聞バックナンバー | |
2011.09.05 | 岡林哲夫(40回) | 向陽新聞バックナンバーCD送付のお知らせ |
2011.09.23 | 森田隆博(37回) | 文系前期高齢者、CD作成奮戦記 |
2011.10.01 | 向陽プレスクラブ | CD落掌御礼 |
2011.10.16 | 藤宗俊一(42回) | 向陽新聞バックナンバーCD誕生のいきさつ |
2013.02.20 | 井上晶博(44回) | 母校へのCD寄贈 |
2014.05.21 | 井上晶博(44回) | 「土佐中學を創った人々」の寄贈について |
2014.05.21 | 公文敏雄(35回) | 「土佐中學校創立基本資料集」発送のご報告 |
2016.01.18 | 向陽プレスクラブ | 『土佐中學創立基本資料集』HP版 |
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向陽プレスクラブb> | |||
会 長 | 中城 正堯(30回) | ||
幹事長 | 岡林 哲夫(40回) | ||
企 画 | 岡林 敏真(32回) | ||
編集人・CD制作 | 藤宗 俊一(42回) |
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件名 お手伝いしていただけるとありがたいです |
差出人:藤宗編集長 送信日時:11年9月3日 |
「結局、どなたも協力を申し出てくれませんでした。文系のメンバーが大半のクラブの弱点をさらけ出した結果のようです。幹事長(一応理系卒)と二人で出来る範囲で進めようと思っています。もしCDの複製を作った経験がおありでしたら(実は私も初めてで、今回試行したのですが一回目はどういうわけか頭の良すぎるコンピュターがいうことを聞いてくれませんでした。)お手伝いしていただけるとありがたいです。・・・・。」 |
件名 RE;お手伝いしていただけるとありがたいです |
送信日時 11年9月3日 |
藤宗編集長 様
パソコンは文系理系関係ないと思い、その気になりました。可能であればお手伝いいたします。幸い、最近ヒマとなりましたので。ただし、 (1)4日から11日まで高知に帰ります、12日以降の作業となります。 (2)CDのコピーの経験はありません。作業の仕様または手順を教えてください。パソコンの能力等はわかりません、・・・・ (3)CDのコピーが無理であれば発送の作業やラベル貼りでもやりましょう。 |
件名 CD発送の手順 |
差出人:藤宗編集長 送信日時:11年9月9日 |
「・・・既にマスターCDとラベルはメール便でお宅に届いていると思います。
@CDR700MB(ケース付き。白色無地・できれば薄型5oケース,安い)10枚パック(失敗しないという前提)と一枚分が入る封筒(角型6号)10枚を買ってくる。 Aパソコンのスタートメニユ−からRoxio Creatorを立ち上げ、デイスクをコピーを選び、送られたマスターCDをドライブにいれてデータを読み込む。終了したらマスターCDが出てくる。 B@の新しいCDを入れて、書きこむ。(最初の一枚が出来た時にちゃんと動くか試用して下さい。Aから始める。) C出てきたCDを取り出しマジックで森田さんのサインを入れる。(未使用CDと区別するため) D@の新しいCDを入れてBを繰り返す。 E同封のCDラベル(岡林氏作成。予備を含め12枚同封)を貼り付ける。半分だけ台紙から剥いでヘリに同心円になるように端だけ貼り付け、全てを台紙をはがし貼り付ける。 F添付ファイルの送付分を10枚打ち出す(コピーでも可) G封筒に同封の宛名ラベル(大御所10人)を貼り、発送者住所氏名を書いてEFを入れる。個人的な挨拶文はお好みで・・・・(郵便法違反)。 Hコンビニでメイル便で発送する。 I@FHの費用をMailで中井幹事に請求する。振込先口座番号が必要。(CDは失敗枚数を含めて) Jホームページに「文系前期高齢者、CD作成奮戦記」を投稿する。昔取った杵柄をひっぱり出して、楽しい文章を期待しています。画像付きだと尚結構です。「勤労奉仕をしたうえに、記事まで書かされる。」とぼやかないでください。新聞部の悪しき伝統ですので・・・・。 |
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![]() 27回 岡林幹夫 |
![]() 32回 岡林敏眞 |
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1) | 4月3日。10時土佐高にて三浦浩二教頭(45回)に会う。新聞部OGの門田美和さん(38回、今年3月まで土佐高の教師)も駆けつけて来てくれ、彼女とともに図書館に保存の向陽新聞を調査した。 | |
* | 保存新聞のリストは別紙。96紙が保存されていたが、劣化が進み紙面は茶色に変色。 | |
* | 三浦教頭の紹介で、池商店の専務・池 啓伸さん(49回)が来校。池商店は土佐高に文房具などを納入している業者。彼が新聞などの電子化業者に連絡を取り、試験的に1紙を電子化すると共に、値段を調べてくれることになった。 | |
2) | 4月5日。11時に小村(こむら)彰(49回)教頭に面会すると共に、事務室で電子化した向陽新聞をパソコンで見る。写真撮影したものより、スキャナーで作成したものが鮮明であった。 | |
* | 事務部の千頭(ちかみ)裕(58回)さんがパソコンを操作してくれた。 | |
* | 電子化料金はスキャナーで1面で300円(税別) | |
* | ガラスの上に紙面を載せて、汚れを除去しながら25分〜30分の時間がかかる。 | |
【向陽新聞の電子化について】 | ||
少々経費がかかるが、この際電子化したらと思う。会員全員が自由に閲覧できるし、土佐高にも永久保存に便利。費用は、とりあえず、準備委員(中城、岡林、杉本、吉川、公文、森田、黒木、藤宗、永森、中井、鶴和)の11名が1万円ずつ出しておいたらどうか。会員への連絡費やHPの開設費用、総会会場の予約金など、いわゆる開点資金がかかると思う。中井君が開設した口座に振り込む。 | ||
電子化をすることになれば、門田美和さんに動いてもらって進めることにする。 | ||
3) | これ以上の散逸を防ぐために、電子化は急務であるという認識で一致、岡林氏に一任。池商店に発注された。 | |
4) | 資金については、とりあえず中城正堯氏(30回)、岡林敏眞氏、杉本健一郎氏(32回)が合計7万円を拠出し、それに藤宗保管の旧プレスクラブ通帳の残金約3万円(うち1万円は島崎(森下)睦美さん(31回)よりのカンパ)をあてることになった。 |
1) | 画像を精査すると以下の問題点が浮かび上がる。 | |
* | 500MG近い一つのファイルにまとめてあるので、インターネット上では多分誰も読み取ることが出来ない。 | |
* | 順番がでたらめで目的の号数を捜すのがまず無理。 | |
* | 落訂や二重の画像(約40枚)もあり、283枚の根拠がデタラメ。 | |
* | 画像がナナメになったり、横向きになたりして画面上では読めない。 | |
* | ごみ取りをしていなく醜い上、見本では1面2.5MBあったのだが、半分くらいが1MBもなく非常に粗く、印刷には不向き。 | |
* | 少なくとも、データを撮る段階で新聞を見ながらファイル名に号数と紙面の番号で入れて、処理しておけば簡単だが、このデータから編集するのは大変な労力がかる。 | |
2) | 以上の問題点を指摘し、『金は払えない』と岡林氏に伝える。折り返し池氏から電話があり、その旨をつたえると、『指示通りに母校から古新聞の山を受け取り、上から順番にスキャンしていっただけです。確かにこちらのミスもありますので、取り直し致します。下請に渡す指示をお聞かせください。ただ、合間をみての作業になりますので時間を下さい。』との返事。母校のためとはいえ、快く再スキャンを引き受けてくださった池氏には頭の下がる思いがした。 | |
3) | 今後の進め方 | |
* | とりあえず、受け取ったデータを分割し、新しい名前をつけてホームページに仮アップする。 | |
* | 向陽新聞のデータは500MBもあるので、メイルでは誰も受け取れない。DVDかCDで送るしかない。「総会に参加した人たちに手渡すのが最善なのだが、まだ、電子化は終わっていない。未収録のデータもあるし、少し時間がかかる」と報告。 |
1) | 母校に残されていたバックナンバーは92号分(翌桧、号外を除く)で残りの19号分の行方探しを、メイルやHPを通じてお願いした。その結果下記の方々から提供の申し出があり、スキャンした画像が送られてきた。 | |
* | 細木 大麓氏(27回)、谷村 峰雄氏(27回元文芸部):4,6,8,10号 | |
* | 中城 正堯氏(30回):創刊号,12,13,14,16,17,18,26,52,53号,スポーツ号(ガリバン製) ……公文 敏雄氏(35回)を通して | |
* | 山本 嘉博氏(51回):101,103号……同じく公文氏を通して | |
以上の御提供のおかげで、未収集のバックナンバーは5号、82号、107号だけになった。 | ||
2) | 以上の資料と学校に残されていた号外、翌桧号(生徒会発行)、復刊号(有志発行)、高知新聞(広告等)をまとめてリストを作成することにしたが、前述のようにファイルの名前がランダムの上、1面1面を開きそのデータ(号数、発行年月日、編集人、発行人)をエクセルに書き込んで行く大変な作業となった。また顧問の先生方の名前を入れたらという提案があり、HPで協力を呼びかける。ただ、記憶が曖昧になっている方が多く、自分の時の先生は分かるがいつからいつまで顧問であったかは定かではないというと返事が届く。 |
1) | 全ての画像(292枚)を号数毎に分け、横転している画像を回転させ、紙面順に結合し、新しいファイル名で保存する。 | |
2) | リストに主要記事内容を付け加え、ジャンプできるようにHTMLのタグをつける。 | |
出来た分からホームページに載せる。実際は1)2)を並行しながらすすめるが、うんざりする作業である。仕事の合間をみてはの作業で結局3ヶ月あまりかかり121枚のPDFファイルを作り年内に完成し、ホームページの会員のページに掲載。 |
1) | HP掲載の総容量が720メガ程度なので、700メガにまとめればDVDではなくCDに収録できる。CDにすれば、値段も安いし、誰でも見る事が出来るし、大量生産も手伝ってもらえると思い、また分解して画像を少し圧縮をかけて、再び結合させる。ところが、実際CDに焼き付けてみると700メガは書き込めない(失敗)。再び680メガに圧縮してマスターCDを作り、ホームページに仮掲載をして、幹事の意見を訊く。 |
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* | あろうことか、文系前期高齢者の方などは『あれはホームページと同じですね。』とのたまう。文系の人は出来上がったものでしか判断しない。 | |
* | 『土佐向陽クラブは正式名称ではなく会則どおり向陽プレスクラブに。』画像なんてお飾りだというのに。修正。CD2枚没。 | |
* | 『日付けを入れた方が良い。』全てのファイルの日付けを強制的に2011/09/01 00:00:00で統一する。また1枚没。 | |
2) | 岡林 哲夫氏(40回)から『ラベルを付けた方が良い。私が作ります。CDコピーも手伝います。』最後になって、やっと救いの手が差し伸べられた。 | |
3) | 森田 隆博氏(37回)から『パソコンは文系理系は関係ない』と向こう見ずな申し出があり、多少疑問を抱きながらコピーをお願いした。 (既報CD作成奮戦記を参照してください。) |
1) | WinFD ○:ファイル管理ソフト:copyright(c)高橋直人 Naoto Takahashi | |
MS-DOS時代(FD)から続くファイル管理ソフトで、属性変更、更新日変更、最新更新日同名ファイルのみコピーができる(一番使う。何故エクスプローラにこの機能がないのか?多分100枚以上、他のパソコンに同時にコピーすることを考えていない)、定評あるソフトです。 | ||
2) | FFFTP :FTPクライアント:Copyright(C)Sota. All rights reserved. | |
ホームページにサイトアップするソフトです。 | ||
3) | GIMP :画像処理ソフト:Copyright(C)Spencer Kimball, Peter Mattis and The GIMP Development Team | |
日本語の解説書(市販)まで在るソフトで個人的にはPhotoShop(高価)より使いやすい。 | ||
4) | PrimoPDF :PDF作成ソフト:Copyright(C)activePDF, Inc. ("ACTIVEPDF") | |
全てのソフトからPDF打ち出しができる。編集はできない。 | ||
5) | ComPDF ○:PDF結合ソフト:Copyright(C)森 秀樹 foresth | |
6) | SepPDF :PDF分割ソフト:Copyright(C)森 秀樹 foresth | |
7) | その他、パソコンや製品に付属する多くのフリーソフト(Adobe Reader,Roxio Creator,Roxio burn,エレコムらくちんプリント等々)を使用させて頂きました。 |
![]() 筆者近影 |
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![]() 寄贈のCDと挨拶文を見る山本校長と三浦教頭 |
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![]() 昭和41年春の甲子園の準優勝旗を前にして 山本校長に井上から目録を贈呈 |
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![]() 筆者近影 |
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![]() 基本資料集寄贈の模様(母校応接室にて) 左から三浦教頭、山本校長、公文委員長 |
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![]() 筆者近影 |
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号 数 発行日 | 編集人:発行人 | 顧問(敬称略) | 内 容 |
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創刊号 昭和24年3月11日 | 伊賀千人 | 創刊に際して、楽団新発足、救い難い敗戦気分他 | |
第2号 昭和24年4月11日 | 山崎和孝 | 伊賀千人 | 高校教科書決まる、男女共学について他 |
第3号 昭和24年7月1日 | 山崎和孝 | 伊賀千人 | 新校舎落成、国立大学設置法案反対スト他 |
第4号 昭和24年9月23日 | 山崎和孝 細木大麓 | 伊賀千人 | 生徒会会則制定、校内放送実施、公文公先生他 |
第5号 | 伊賀千人 | お持ちの方は御連絡下さい | |
第6号 昭和25年2月15日 | 岩谷清水 | 伊賀千人 | 中学250名を募集、球春近し、南部忠平氏他 |
第7号 昭和25年6月20日 | 細木大麓 | 伊賀千人 | 委員会存在危うし、純潔教育を正課に他 |
第8号 昭和25年10月7日 | 岩谷清水 細木大麓 | 伊賀千人 | 全校生徒新校舎へ、パーマ喫煙者取締、片岡義信氏他 |
第9号 昭和25年11月17日 | 岩谷清水 細木大麓 | 伊賀千人 | 関西一の講堂も、愛情問題とうわさ、平井保喜氏他 |
第10号 昭和26年2月24日 | 信吉孝和 安部彌太郎 | 伊賀千人 | 点数本位を排除、各部の赤字を整理、細木志雄氏他 |
第11号 昭和26年5月24日 | 安部彌太郎 | 伊賀千人 | 伸び行く本校女生徒たち、宮崎高吉氏他 |
第12号 昭和26年7月7日 | 中山剛吉 | 伊賀千人 | 生徒の為の生徒会、池田先生『アメリカ便り』、久武猛彦氏他 |
第13号 昭和26年10月1日 | 中山剛吉 | 伊賀千人 | 校風樹立の使命果たせ、倫理規定制定の動き、曾我部清澄氏他 |
第14号 昭和27年1月21日 | 中山剛吉 | 伊賀千人 | 授業料又も値上げ、初笑ひ三羽烏、河野先生、清岡清三郎氏他 |
第15号 昭和27年5月10日 | 大町玄 大原 譲 | 西野友彦 | 新生日本の出発に富って、近藤久壽治氏他 |
第16号 昭和27年7月3日 | 大町玄 大原謙 | 西野友彦 | 反日的な朝鮮、古谷先生、佐藤秀樹氏他 |
スポーツ1号 | お持ちの方は御連絡下さい | ||
スポーツ2号 昭和27年9月25日 | 大脇恵二 横山禎夫 | 西野友彦 | ガリ版紙、送球、庭球優勝す |
第17号 昭和27年11月4日 | 千原宏 横山禎夫 | 西野友彦 | 全校舎ついに完成、恩師「ヒゲさん」、鍋島友亀氏他 |
向陽新聞案内版 昭和27年 | 千原宏 横山禎夫 | 西野友彦 | 向陽新聞のできるまで |
第18号 昭和28年4月13日 | 中城正堯 横山禎夫 | 西野友彦 | 進学就職ともに好調、正しい交際の機会を、安藝修氏他 |
第19号 昭和28年5月25日 | 大脇恵二 萩野泰啓 | 西野友彦 | 大嶋校長近藤久壽治氏対談、小笠原喜郎氏他 |
第20号 昭和28年1O月10日 | 竹内鉄郎 大脇恵二 | 西野友彦 | 講堂明春には完成、公文憲太郎氏他 |
第21号 昭和29年2月20日 | 中城正堯 田内敏夫 | 西野友彦 | 人格の完成を目指せ、日本一の汚食堂 |
第22号 昭和29年6月30日 | 利岡邦夫 示野貞夫 | 西野友彦 | 生徒会廃止案提出、本吉先生、中島曉氏他 |
第23号 昭和29年9月29日 | 利岡邦夫 示野貞夫 | 西野友彦 | 委員会に活発な動き、庭球部優勝、富田信正氏他 |
第24号 昭和29年11月29日 | 利岡邦夫 示野貞夫 | 西野友彦 | 第一回四国弁論大会、中山先生、北岡龍海氏他 |
第25号 昭和30年2月14日 | 利岡邦夫 岡林敏眞 | 西野友彦 | 試験シーズン迫る、吉本泰喜先生、米澤善左エ門氏他 |
第26号 昭和30年5月9日 | 利岡邦夫 岡林敏眞 | 西野友彦 | 疑惑残る中学入試、富田先生、三枝先生他 |
第27号 昭和30年7月2日 | 窪田隆士 岡林敏眞 | 西野友彦 | 同盟休校解決す、片岡満先生、公文公氏他 |
第28号 昭和30年10月6日 | 秦 道夫 岡林敏眞 | 西野友彦 | 学園明朗化、山本先生、和田富二雄氏 |
第29号 昭和30年12月8日 | 秦 道夫 森沢俊策 | 西野友彦 | 校長の態度を憂う、田内先生、板垣正亮氏他 |
第30号 昭和31年2月10日 | 岡林敏眞 森沢俊策 | 西野友彦 | 生徒会の要望通るか、校長土地購入問題、柿本達雄氏他 |
第31号 昭和31年5月7日 | 山崎洋子 吉川順三 | 西野友彦 | 図書館九月に着工、久保田先生、甲藤幸夫氏他 |
第32号 昭和31年7月1日 | 秦 洋一 吉川順三 | 西野友彦 | 先輩大学生に聞く会、松浦先生、上谷慶次氏他 |
第33号 昭和31年9月18日 | 秦 洋一 浜田晋介 | 西野友彦 | 全国優勝の軟式野球部、吉本要先生、沢本幸正氏他 |
第34号 昭和31年12月4日 | 秦 洋一 浜田晋介 | 西野友彦 | 板原委員長辞表を提出、新聞コンクール入賞、浜口一男氏他 |
第35号 昭和32年2月12日 | 秦 洋一 吉川順三 | 西野友彦 | 図書館完成、修学旅行問題、片岡敏先生、伊野部重一郎氏他 |
第36号 昭和32年4月9日 | 明神宣生 公文敏雄 | 西野友彦 | 運動部が三分の二、中沢先生、井上清氏他 |
第37号 昭和32年6月29日 | 明神宣生 公文敏雄 | 西野友彦 | はかどらぬ献本運動、山岸先生、谷辰二氏他 |
第38号 昭和32年9月24日 | 岡林邦夫 中田駿一郎 | 西野友彦 | 反響を呼んだ長髪禁止、町田先生、吉川美雄氏他 |
第39号 昭和32年12月3日 | 岡林邦夫 中田駿一郎 | 西野友彦 | 高三の三割が長髪、間は大切である、池田先生他 |
第40号 昭和33年2月15日 | 岡林邦夫 中西隆敏 | 西野友彦 | 五千坪のグラウンドを建設、本校はこれでよいか、正木先生他 |
号 外 昭和33年4月17日 | 土佐中高新聞部 | 西野友彦 | 大嶋校長を悼む |
第41号 昭和33年5月15日 | 山下巧智 明神敬邦 | 西野友彦 | 予算会の徹底を、木内先生、中澤n氏他 |
第42号 昭和33年7月4日 | 山下巧智 明神敬邦 | 西野友彦 | 校長後任問題、数学の勉強法、高崎先生他 |
第43号 昭和33年10月6日 | 森本治志・岡林邦夫 | 西野友彦 | 新校長に曽我部氏内定、西野先生、町田守正氏他 |
第44号 昭和34年2月3日 | 大野令子 森岡謙輔 | 木内由雄 | 本校は予備校ではない、曽我部校長、大嶋校長胸像他 |
第45号 昭和34年5月12日 | 森田隆博 黒木健司 | 木内由雄 | 男女共学のピンチ、テレビの活用を、永野先生他 |
第46号 昭和34年9月16日 | 森田隆博 加藤楯文 | 木内由雄 | 40周年記念祭日程決まる、小松先生、櫛下先生他 |
第47号 昭和34年11月18日 | 森田隆博 加藤楯文 | 木内由雄 | 40周年を迎う、本校の今昔記、石川先生他 |
第48号 昭和35年6月8目 | 岡本健治 加藤楯文 | 木内由雄 | クラブ活動問題、食堂できる、平林先生他 |
第49号 昭和35年7月19日 | 岡本健治 加藤楯文 | 木内由雄 | 政治意識調査、森本先生、キャロンさん他 |
第50号 昭和35年12月16日 | 戸田博之 市原真仁 | 木内由雄 | 洗脳訓練の中核か、50号のあゆみ、大学生だより他 |
第51号 昭和36年6月10日 | 戸田博之 新聞部 | 木内由雄 | 風紀委員の設置、松尾先生結婚、ズボンのおしゃれ他 |
第52号 昭和36年10月31日 | 川口清史 市原真二 | 木内由雄 | 四月から道徳の時間特設、松尾先生、那華山先生他 |
第53号 昭和36年12月20日 | 川口清史 高橋 侃 | 木内由雄 | ホームルーム問題、60名クラス実現、平岡先生他 |
第54号 昭和37年2月15日 | 川口清史 高橋 侃 | 木内由雄 | 育てよう自治の精神、向陽会費値上げ否決、浜口先生他 |
第55号 昭和37年5月29日 | 森田 公 丁野加寿代 | 森下睦美 | ホームルーム指導要領、高橋先生、木戸先生他 |
第56号 昭和37年11月2日 | 白木則子 森田 公 | 森下睦美 | 規約改正、居合い抜き日本一、河原崎先生他 |
第57号 昭和38年2月16日 | 田村 孝 鶴和千秋 | 森下睦美 | 航空、地学の廃部、売店改善、森木先生他 |
高新 昭和38年2月16日 | 高知新聞社会面 | 森下睦美 | 高校生刺されて重体 |
第58号 昭和38年6月14日 | 田村 孝 宮地敦子 | 森下睦美 | 現状打開が必要か、かくれた善行、新階先生他 |
第59号 昭和38年10月25日 | 田村 孝 安田正敏 | 森下睦美 | クラブ活動調査、ジャネットさん、西先生他 |
第60号 昭和38年12月21日 | 安田正敏 井上和幸 | 森下睦美 | やぐら廃止問題、小松先生、倉橋由美子氏他 |
第61号 昭和39年3月14日 | 安田正敏 井上和幸 | 森下睦美 | ジフテリア本校を襲う、籠尾先生、須藤哲男氏 |
第62号 昭和39年7月16目 | 藤宗俊一 丁野貢一 | 森下睦美 | 野球部ベスト4、西川先生、浜田麟一氏他 |
第63号 昭和39年10月30日 | 藤宗俊一 西内正気 | 森下睦美 | 遠征費問題、やぐら問題、曽和道雄氏他 |
第64号 昭和39年12月19日 | 丁野貢一 西内正気 | 森下睦美 | 向陽会費値上、バレー部昇格、森下先生、島村稔氏他 |
第65号 昭和40年3月13日 | 丁野貢一 西内正気 | 田村尚子 | 授業料600円up、深瀬先生、町田守正氏他 |
第66号 昭和40年6月25目 | 大原 悟 山野上光枝 | 田村尚子 | 部活動の問題点、机が低い!福島清三氏他 |
第67号 昭和40年9月25日 | 大原 悟 | 田村尚子 | 校内弁論大会、自転車問題、中島暁氏他 |
第68号 昭和40年11月9日 | 中東浩史 植田信広 上村公志 | 田村尚子 | 盛り上がらぬ運動会、遅刻統計、示野昇氏他 |
第69号 昭和41年1月24日 | 中東浩史 植田信広 上村公志 | 田村尚子 | 野球部合宿所、愛国心とは、下村幸雄氏他 |
第70号 昭和41年3月12日 | 植田 中東 門田壮 岸上晴志 | 田村尚子 | 校舎新築問題、今度は貝の恋愛も、溝淵章人氏他 |
翌桧号 昭和41年5月30日 | 土佐高執行部 | 足りない血、新執行部の面々他 | |
第71号 昭和41年7月16目 | 大原 悟 植田信広 | 田村尚子 | 過渡期の本校、西先生見舞、吉松格致氏他 |
第72号 昭和41年1O月8日 | 加賀野井秀一 井上晶博 | 田村尚子 | 文化祭実施要綱、中山先生見舞、中平達男氏他 |
翌松号 昭和41年7月16日 | 土佐高執行部 | どうなる文化祭、広報記録他 | |
第73号 昭和42年2月15日 | 加賀野井秀一 井上晶博 | 小松博行 田村尚子 | 新校舎足踏み、中山先生御逝去、曽我部校長他 |
第74号 昭和42年5月20日 | 加賀野井秀一 井上晶博 | 小松博行 田村尚子 | 交通戦争激化、夢のLL教室、松浦先生他 |
第75号 昭和42年7月20日 | 加賀野井秀一 井上晶博 | 小松博行 田村尚子 | 新校舎アンケート、早期退部問題、土居先生他 |
第76号 昭和42年12月20日 | 加賀野井秀一 山岡伸一 | 小松博行 田村尚子 | 難航する土地交渉、吉本先生叙勲、文化祭他 |
第77号 昭和43年2月3日 | 加賀野井秀一 山岡伸一 | 小松博行 田村尚子 | 授業料値上げ、青春って、田内先生他 |
第78号 昭和43年6月19日 | 山岡伸一 | 平岡竹彦 | 文化祭目ざし、中学修学旅行廃止、西森先生他 |
第79号 昭和43年12月20日 | 山岡伸一 | 平岡竹彦 | 土佐高生の大学観、ヒッチ冒険記、得竹先生他 |
第80号 昭和44年3月14日 | 宮川隆彦 藤戸啓朗 | 平岡竹彦 藤田憲三郎 | 卒業式に新しい動き、生徒増員問題、楠本先生他 |
第81号 昭和44年7月19日 | 宮川隆彦 藤戸啓朗 浦田博幸 | 平岡竹彦 藤田憲三郎 | いつ建つ新校舎、修学旅行に改革を、森本先生他 |
第82号 | 平岡竹彦 藤田憲三郎 | お持ちの方は御連絡下さい | |
第83号 昭和45年3月14日 | 水田幹久 岩田理道 | 平岡竹彦 西森茂夫 | 六月中に着工か、生徒会廃止動議、元吉先生他 |
第84号 昭和45年6月1日 | 水田幹久 岩田理道 | 平岡竹彦 西森茂夫 | 軽視されている部室、教育を考える、小島先生他 |
第85号 昭和45年7月8日 | 水田幹久 植田哲哉 | 平岡竹彦 西森茂夫 | 五十年目の堕落、体操授業中に賊、扇谷先生他 |
第86号 昭和45年11月2日 | 水田幹久 植田哲哉 | 平岡竹彦 西森茂夫 | 堕落を吹き飛ばせ、縮小運動会、玉真先生他 |
第87号 昭和45年12月19日 | 水田幹久 福崎裕子 | 平岡竹彦 西森茂夫 | 職員のベースアップ、食堂の休業、土佐校の終末他 |
第88号 昭和46年3月13日 | 水田幹久 福崎裕子 | 平岡竹彦 西森茂夫 | 常に正しい校長の考え、文化祭、竹村先生他 |
第89号 昭和46年5月25日 | 水田幹久 加藤正治 | 平岡竹彦 西森茂夫 | 明るくなった教室、新教頭に松浦先生、西峰先生他 |
第90号 昭和46年7月16日 | 水田幹久 加藤正治 | 平岡竹彦 西森茂夫 | ボーリング解禁、自動車部廃部、永野先生他 |
第91号 昭和46年12月8日 | 水田幹久 加藤正治 岡林健次 | 平岡竹彦 西森茂夫 | 文化部低迷、放送できない放送部、伊藤先生他 |
第92号 昭和47年3月1日 | 北村章彦 佐々木洋二 | 小松博行 西森茂夫 | 中学棟竣工、公害問題、?先生他 |
第93号 昭和47年9月21日 | 吉本匡伸 樋口 豪 | 小松博行 西森茂夫 | 夏休みに拾う、門谷・永野先生結婚、森木先生他 |
第94号 昭和47年12月19日 | 吉本匡伸 樋口 豪 | 小松博行 西森茂夫 | 生徒会再検討を、盗難はもういや、西本先生他 |
第95号 昭和48年3月7日 | 久保寛雄 | 小松博行 西森茂夫 | 文化部展示は振るわず、中国を探る、新聞部員募集他 |
第96号 昭和48年6月6日 | 久保寛雄 | 小松博行 西森茂夫 | 好評博す体育館、50周年記念祭、高崎先生他 |
第97号 昭和48年10月10日 | 久保寛雄 | 小松博行 西森茂夫 | 土佐校生の大学観、文化祭への提言他 |
号外号 昭和48年11月17日 | 久保寛雄 | 小松博行 西森茂夫 | 向陽祭によせて、校舎建築への道他 |
第98号 昭和49年3月5日 | 久保寛雄 山本嘉博 | 小松博行 中内章雄 | 問題多かった予算審議、修学旅行他 |
第99号 昭和49年7月5日 | 杉村和彦 山之内玲子 | 小松博行 中内章雄 | 人間教育の喪失、広田先生ご永眠、田内先生他 |
第100号 昭和49年12月12日 | 杉村和彦 坂本孝弘 | 小松博行 中内章雄 | 先生と生徒の対話を探る、西野先生逝く他 |
第101号 昭和50年2月3日 | 杉村和彦 坂本孝弘 | 小松博行 中内章雄 | スポーツデー、ひまじん杯、三無主義他 |
第102号 昭和50年5月29日 | 坂本孝弘 有安一也 | 小松博行 中内章雄 | 文化祭開催に努力、矢野先生御結婚他 |
第103号 昭和50年11月21日 | 坂本孝弘 有安一也 | 小松博行 中内章雄 | 向陽祭開催ならず、八年ぶりの甲子園他 |
第104号 昭和51年2月9日 | 坂本孝弘 有安一也 | 小松博行 中内章雄 | 本日より文化週間、高一修学旅行他 |
第105号 昭和51年6月11日 | 有安一也 松浦正幸 | 小松博行 中内章雄 | 土佐校生と新聞、誰か太る方法教えて他 |
第106号 昭和51年12月18日 | 有安一也 松浦正幸 | 小松博行 中内章雄 | 土佐校生の大学観、土佐女子校訪問記、西森先生他 |
第107号 | 小松博行 中内章雄 | お持ちの方は御連絡下さい | |
第108号 昭和54年7月31日 | 中沢仁志 市吉健一郎 | 小松博行 中内章雄 | 生徒会活動の推進の為に、フィリップ君、小松先生他 |
高 新 昭和55年11月18日 | 高知新聞広告 | 土佐高校創立60周年 | |
第109号 昭和57年2月8日 | 門田幹也 和田 明 | 中内章雄 | 文化週間、オメデトウ秋田先生、古都一人旅他 |
第110号 昭和57年7月13日 | 門田幹也 和田 明 | 中内章雄 | ひと味違った執行部、西森先生、毛利良一氏他 |
第111号 昭和59年12月7日 | 加納雅人 北村昌久 | 中内章雄 | 向陽祭、土佐校は甦る、公文、石田先生逝く他 |
高 新 昭和63年4月16日 | 高知新聞広告 | 向陽寮開寮 | |
号外号 平成6年4月28日 | 復活新聞部 | 中内章雄 | 第29回Spring Concert |
号外号 平成6年9月22日 | 復活新聞部 | 中内章雄 | ガンバレ運動会 |
復活号 平成19年4月 | 学生有志 | 向陽グラウンド完成、新校舎情報他 |